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経済状態の現状把握

 私は、ニート問題の専門家ではないので、これはあくまでも私見です。

 ニート問題は、先進諸国で問題になっていますが、発展途上国では問題になっていません。

それは、何故なんでしょうか?
 
 発展途上国は、「働かざる者、食うべからずで」、大人でも子供でも、何が何でも働かなければ生きていくことが出来ません。

当り前のことですが、働かなければ、お金が稼げず、食べ物を手に入れることが出来ず、後は、餓死することになります。

その為、ニートが問題にならないのは、ニートになりたくてもなれない非常に厳しい現実があるからだと思います。

 一方、日本はどうかと言うと、最近は、一億総中流が崩壊し、格差社会が広がっていますが、それでも、発展途上国から見れば、はるかに裕福な暮らしをしており、ニートがいる家庭には、まだニートを何とか養っていくだけの余裕があると思います。

その為、ニートは、家族等が面倒をみてくれる間は、食事等の生存に必要な生活環境面での心配をする必要はありません。

 しかし、そこで、問題が生じて来ます。

それは、人間が働く気になる原動力の一つである、生理的欲求が満たされてしまうことです。

マズローの欲求5段階説によれば、人間の欲求には、下から①生理的欲求②安全欲求③社会的欲求④自我欲求⑤自己実現欲求の5段階があり、下位の欲求が満たされると、人間はより上位の欲求を感じるようになります。

 これを、ニートに当てはめるとどうなるかというと、最下位の欲求である、食事を食べたい等の生理的欲求が既に、満たされているので、より上位の欲求である、②安全欲求(危ないことはしたくない、大変なことはしたくない)、③社会的欲求(社会の一員として認めて欲しい、コミュニケーションを取りたい)、④自我欲求(能力に合った仕事がしたい、自分の能力を認めて欲しい)、⑤自己実現欲求(資格を取りたい、技術や技能を身に付けたい)等を感じるようになります。

 このような欲求を感じること事態は、別に悪いことでもなんでもないのですが、問題は、ニートの場合、この欲求を感じる段階の順番がバラバラで、下位の欲求が完全に充足されないまま、より上位の欲求を求める傾向があることです。

 例えば、一番の土台である、生理的欲求は、取り敢えずは、家族等と同居していれば満たされます。

しかし、それは、砂上の楼閣に等しく、家族等が歳をとって養ってもらうことが出来なくなれば、やがて崩壊します。

このことは、ニートの中には自覚している人もいますが、私みたいに弱い人間は、必ず楽な方に流されます。

その結果、現実を直視せずに、分っていても現状に甘えてしまい、将来に対する不安を内包したまま、日々を過すことになります。

そのような、生理的欲求が満たされていると言う偽りの上に、安全欲求を感じることになります。

そうすると、仕事をしたいと思っても、生理的欲求は取り敢えずは満たされているので、大変なことや危険なことはしたくないと言う安全欲求が強く働き、仕事=大変なことだからやりたくないと思うようになるのではないでしょうか?

 このように考えると、脱ニートの第一歩は、生理的欲求を喚起することにある気がします。

人間が何か行動をする時の一番の原動力は、生理的欲求です。

どんな人でも、お腹が空いて食べ物が無かったら、食べ物を得る為には、何らかの行動を起こすはずです。

そして、その食べ物を得る手段が、仕事であるとしたら、嫌々でも仕事をするはずです。
 
 最後に、ニートは家族の援助を受けていることが多いので、経済状態の現状把握が生理的欲求の喚起に有効な方法と思います。

私達が、生活していく上では、お金が必要不可欠です。

そこで、1ヶ月分の生活費を書き出して、自分が必要な生活費を算出すれば、お金の必要性が実感出来ると思います。

次に、お金が無かったらどうするか考えます。

そして、最後に、そのお金をどうやって確保するか考えます。

この様に、段階的に考えていくことにより、適切な経済状態の把握が出来ます。
                                        以上

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自分の言論に責任を持つ!!

 日本は、民主主義国家であり、憲法上、言論の自由が保証されています。

その為、誰でも、自由に自分が思ったことを主張し、表現することが出来ます。
 
 しかし、その一方、匿名性が高いネット上においては、無責任な発言や誹謗中傷等が横行しています。

そして、その様な発言をする人達が決まって、言うことが、「言論の自由だから他人から、とやかく言われる筋合いは無い」ということですが、これは、昨今の小学生等が、ちょっと、教師等に注意されると直に、「基本的人権の侵害だ」等という屁理屈を並べるのと同じことであり、はっきり言って、幼稚極まりない考え方です。

 匿名性をいいことにして、言論の自由という権利を濫用することは、決して許されることではありません。

権利には、必ず義務が伴います。

その義務というのは何かというと、自分の言論に責任を持つということです。
 
 この義務について、福沢諭吉は、新聞編集者の心得として次のように述べていますが、これは、新聞編集者に限らず、言論を主張し表現するあらゆる人に共通することです。

『執筆者は勇を鼓して自由自在に書くべし、但し、他人のことを論じ他人の身を評するには、自分とその人と両々相対して直接に語られるようなことに限りて、それ以外に逸すべからず、いかなる激論いかなる大言壮語も苦しからねど、新聞紙にこれをしるすのみにて、さてその相手の人に面会したとき自分の良心に恥じて率直に述べることのかなわぬことを書いていながら、遠方から知らぬ風をしてあたかも逃げて回るような者は、、これを名づけて陰弁慶の筆という、その陰弁慶こそ無責任の空論となり、罵詈讒謗の毒筆となる、君子の恥ずべきところなり』(福沢諭吉著、富田正文校注解説「福翁自伝」慶應通信、平成4年、P288引用)

 このことを要約すれば、他人のことについて何か論じたり、批評する時は、その人と対面しても、面と向かって堂々と主張出来ることのみ書くべきであり、陰口のような、本人に直接言えないようなことは書くな、ということです。

 正直言って、自分の言論に責任を持つということは、中々大変なことですが、私自身、陰弁慶の筆にならないように、常に心がけたいと思います。
                                        以上

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物権法

 突然ですが、皆さんは、次の漢字の読み方って、分りますか?

1.總論 2.物權變動 3.法律行爲 4.對抗要件 5.效力 6.處分 7.存續8.入會權 9.擔保 10.抵當 11.抛棄 12.辨濟 13.豫告 14.經濟 15兩者

 実は、これは、私が今勉強している、物権法のテキストに書かれている漢字の一部ですが、このテキストは内容が古くて、今時、使わない漢字が豊富に使われており、読むのに非常に苦労します。

いくら、余り変化しない法律のテキストであっても、こんな古い文体で書かれており、昭和の遺物のような内容のテキストで、物権法の勉強をしなければいけないなんてあんまりだと思いませんか?

恐らく、日本広しといえども、こんなに古い内容のテキストで、物権法の勉強をしているのは、私達くらいだと思います。
 
 因みに、このテキストは、初版が昭和33年に出版され、平成6年に発行されたものですが、テキストの内容から推測するに、昭和33年に出版した物をそのまま増刷しただけの内容です。

超手抜きです。

内容を新しくするのは大変でも、せめて文体くらいは、現代表記の形にして欲しいものです。

今は、法律だって、簡単な日本語表記に改められています。

 尚、漢字を現代表記に改めると、1.総論 2.物権変動 3.法律行為 4.対抗要件 5.効力 6.処分 7.存続 8.入会権 9.担保 10.抵当 11.放棄 12.弁済 13.予告 14.経済 15.両者です。

 果たして、こんなに古い内容のテキストで勉強して身につけた知識って役に立つのでしょうか?

思わず、そんなことを思ってしまいました。

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クイズ

 これは、今年の慶應通信放送英語(R)のテキスト内の短編に載っていたクイズです。

このクイズの出題者である登場人物は、小学校一年生なので、童心に返ったつもりで考えてみて下さい。

因みに、日本にも、このクイズと似たタイプのクイズがあります。

 但し、今年の慶應通信放送英語(R)を受講している人や、このクイズが掲載されているテキストを読んだことがある人は、答えが分っているので、コメントはOKですが、答えは書き込まないようにして下さいね。

それ以外の人は、答えが分ったら、どんどん、コメントの中に書き込んでいってくださ~い。

『Once there was a hill.

On the hill there was a mill.

Under the mill there was a walk.

Under the walk there was a key.

What is it?』

【引用文献】

『The Happy Man and Other  Stories
 -British & American Short StoriesⅡ-』2005年、金星堂
P8から引用。

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正しい失業保険の貰い方!!

 私は、20代の頃、二回失業保険を貰っています。

その為、失業保険のことについては、かなり詳しいです。

失業保険というのは、失業した時に貰うものなので、貰わないに越したことはありませんが、こんな世の中で、いつどうなるかは分からないので、万が一に備えて、多少は知識があった方がいいと思います。

尚、これから書く内容は、昔のことなので今でも通用するかどうかは分かりません。

ですから、こんなこともあるんだと言う程度で、読んでくれればいいです。

 第一に、失業保険の受給金額は、離職する直前6ヶ月間の給料を元にして算出されます。

ですから、退職日が決まったら、その直前6ヶ月間は、残業や休出等をして、6ヶ月分の給料金額を上げておけば、沢山失業保険がもらえます。

逆に、この6ヶ月間の給料が少ないと、失業保険が少ししか貰えません。

 第二に、失業保険が切れる前に、職安認定の職業訓練校に入校すれば、途中で失業保険の支給終了期限が来ても、職業訓練が終了するまでは、失業保険が貰えます。

私は、この方法を利用して、約半年分余分に失業保険を貰いました。

しかも、職業訓練校に行っている間、交通費は全額支給され、日当が一日に付500円支給されました。

 第三に、失業保険を貰う時、恥じる必要はありません。

堂々と貰いましょう。

 失業保険を貰う為には、失業認定と言って、受給期間中、決まった日に職安に行き、本当に失業しているということを認定してもらう必要があります。

問題は、その時の、職安の職員の対応で、行く度に必ず「皆さんが貰っている失業保険は、一生懸命働いているサラリーマンの皆さんの雇用保険から支給されています。皆さんは、そのようなサラリーマンの皆さんから、お金を恵んで貰っているのと同じですから、失業保険を貰うことはとっても恥ずかしいことだと思い、一日も早く就職するようにして下さい。」ということを言われました。

私は、これを言われた時、怒りを覚えた記憶があります。

 皆さんは、この職安の職員の論理っておかしいと思いませんか。

そもそも、雇用保険というのは、万が一、失業した時に備えて、加入している保険です。

ですから、万が一に備えて加入する保険という点では、病気や事故等に備えて加入する生命保険と同じ訳です。

もし、失業保険金を貰うのが恥ずかしいことなら、病気や事故で保険金を貰うことも恥ずかしいことになってしまいす。

保険金を貰うことって、そんなに恥ずかしいことなのでしょうか?

 又、職員は、失業者が一方的にお金を恵んでもらう、物乞いと同じように言っていますが、これも誤りです。

今は、失業者であっても、サラリーマン時代は、ちゃんと雇用保険を払っていた(雇用保険を払っていなければ、失業保険はもらえません。)のですから、生命保険加入者が掛け金を払い、万が一の時、保険金を貰うのと同じで、雇用保険を払っていた失業者には、失業保険を貰う権利があります。

 更に、雇用保険というのは、一定規模以上の会社で働いているサラリーマンは強制加入です。

強制的に加入させておいて、いざ払う段階になって、あれこれ文句をいうのは、ちょっと前に問題になった、某保険会社の保険金不払い騒動と同じじゃないですか。

いや寧ろ、保険は任意加入ですが、雇用保険は強制加入なので、民間よりも国の方が性質が悪いかもしれません。

 ところが、職安の職員というのは、そこら辺の所を誤解していて、失業者=人生の落伍者だから、国が面倒をみてやっているという気持で、失業者に接する人がかなりいます。

こんな気持で対応されたら、失業者は、益々、惨めな気持になり、自信を喪失し、再就職出来なくなってしまいます。

 最後に、国が本当に、失業対策をしたいのなら、学校を卒業し、ストレートで公務員になったエリートではなく、失業を経験し、失業者の気持が分かる民間人を登用し、職安に配置した方が、よっぽど、失業者に対する支援効果が上がると思います。

失業する恐れが無い職場で、失業者を見下して仕事をし、失業した経験も無い公務員には、絶対に失業者の気持は理解出来ません。

失業者の気持は、失業者しか分かりませんから。

私は、失業者よりも、国民の血税を無駄使いしたり、それで私服を肥やしている連中や、悪どいことをやって儲けている連中こそ、恥じるべきだと思います。

だから、失業者の皆さん、失業を恥じることはありませんよ。

堂々と胸を張って生きて行きましょう。
                                        以上

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土用波

 私の住んでいる所では、土用波が来始める頃(お盆過ぎ頃)以降は、昔から、海水浴はタブーとされています。

それは、何故かと言うと、土用波が来始める頃以降に海で泳ぐと、おしょうろさん(お盆で帰って来ていた死者)によって海に引きずり込まれ、あの世に連れて行かれるという言い伝えがあるからです。

でも結論から言えば、この話は迷信です。

 しかし、私は、この話には、迷信だからと言って、馬鹿には出来ない教訓があると思います。

その教訓とは何かと言うと、お盆過ぎになると土用波が来ますが、この土用波が曲者で、非常に流れが速く大きい波です。

その為、子供は勿論、大人でも溺れる危険性があります。

ですから、その様な危険な波にさらわれ、溺れるのを防ぐ為に、この時期の海水浴を禁止する目的で、昔の人は、このような怖い話を作ったのだと思います。

 もっとも、この話は、先祖代々、吉田町に住んでいる住人は、殆どの人が知っていると思いますが、他所から来た人達は、このような話は知らないので、時々、吉田や静波等の海水浴場で土用波にさらわれて溺れることがあります。

又、吉田港近辺は、非常に危険な海で、潮の流れが早くて複雑な上に、ドン深といって、途中までは浅いのですが、ちょっと沖に行くと、急激に深くなっています。

それで、浅い海だから大丈夫だと油断して入った人が、よく溺れます。

 これから、海水浴場に行く人は、土用波には要注意です。

これからの時期は、どこの海水浴場でも土用波が来ます。

 この記事を書いている今も、かなり海鳴りが聞こえ、風に礒の香りが混ざっているので、今日の、吉田港近辺の海は、相当荒れていると思います。
                                        以上

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新聞投稿のすすめ

 私は時々、趣味と実益を兼ねて、静岡新聞「ひろば」欄に投稿をしています。

「ひろば」欄の対象は、論評や発言ですが、私は基本的に文章を書くことが好きなので、それが趣味になっています。

実益と言う点に関しては、第一に、本代が稼げること。

第二に、科目試験対策になること。

第三に、意外な反響があることです。

 実益の第一は、「ひろば」で投稿が採用された場合は、謝礼として1回に付1,500円分の図書カードが貰えます。

その為、参考文献収集等で、何かと本代が嵩む私にとっては、貴重な財源になっています。

1回1,500円でも、10回なら15,000円になるので結構馬鹿にならない金額です。

 実益の第二は、科目試験時は、限られた時間で自分の考えをまとめ、それを表現しなければいけません。

卒論等の長文を書く練習としては、レポートの作成が役立ちますが、科目試験の論述の練習としては、レポートの作成と同じ感覚でやっていたのでは、悠長すぎて時間切れになってしまいます。

そこで、役立つのが、新聞の投稿です。

新聞の投稿原稿は字数が決まっています。

例えば、「ひろば」は500字以内の為、自分が主張したいことを簡潔にまとめる訓練になります。

更に、テーマは自分で決めなければいけないので、問題の本質を素早く的確に見抜く訓練にもなります。

又、独り善がりで、他人が読んで意味が分からない文章は、採用にならないので、分かり易い文章を書く訓練にもなります。

 実益の第三は、新聞は、色々な人が見ているので、「一片の論説よく天下の人心を動かす」(福沢諭吉著、富田正文校中解説「福翁自伝」慶應通信、平成4年のP284,285)可能性があることです。

自分が書いた論説で、世の中が動いたら面白いと思いませんか?

残念ながら、今の処は、世の中を動かすような論説は書いたことはありませんが、動きかけたことはありました。

数年前、地元の開発事業に対して私のプランを投稿した所、それを見た地元選出の県会議員が興味を持ち、町議会の方に働きかけをし、町議会の産業建設委員会に呼ばれ、私のプランを発表する機会がありました。

最終的には、私のプランは、採用されませんでしたが、貴重な経験をする事が出来ました。

いつかは、世の中を動かすような論説を書きたいと思っています。

 新聞の投稿は、やってみると意外と簡単なので、興味がある人は、趣味と実益を兼ねてやってみるといいですよ。
                                        以上

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首都圏大停電

 先日、クレーン船のクレーンが送電線を切断し、首都圏で大規模停電が起きました。

そのクレーン船が所属する建設会社所長の話では、「作業効率を上げるため、航行中にクレーンを上げた」(15日付静岡新聞夕刊)とのことでした。

 このような事故が起きると、決まって、効率優先の作業を重視したことが問題視され、再発防止対策として、作業者の安全教育の徹底、作業マニュアルの作成や見直し、監視人の配置等の人的側面での安全対策が打ち出されます。

勿論、このような安全対策は、必要なのですが、人的側面だけに頼った安全対策だけでは、限界があるのも事実です。

 その証拠に、今回事故を起こした会社は、99年にも同様の事故を起こしていたことが判明しました(16日付静岡新聞朝刊)。

JRの脱線事故もそうでしたが、人間は、ミスをしても年月が経つとそのことを忘れてしまうことがあります。

その為、事故直後は、再発防止をしなければいけないという危機感があり、安全性が高まりますが、年月が経つにつれ、事故直後にあった危機感がなくなり、それが油断に繋がり、再び、同様の事故を起こすことになります。

 そこで、着目しなければいけないのが、本質安全化(人間は必ず誤りをしたり、機械設備はいつか故障等したりするので、人間が誤ったことをしたり、機械設備が故障等したりしても、絶対に事故や災害にならないように設備的側面で安全対策をすること)です。

そして、この本質安全化には、フールプルーフ(Fool proof)と、フェールセーフ(Fail safe)という二つの考え方があります。

 フールプルーフとは、「馬鹿よけ」と言う意味で、人間が馬鹿なことをしても、災害や事故にならないような対策をすることです。

例えば、プレス機でプレスをする時は、スイッチを両手で押すことで、手が挟まれるのを防ぐことが出来ます。

 フェールセーフとは、機械設備に何らかのトラブル(故障、停電等)が生じた時は、必ず安全な方に動作するような対策をすることです。

例えば、家庭用の石油ストーブが地震等で転倒した時は、自動消火装置が作動して、火事になるのを防ぐことが出来ます。

 今回の事例に限らず、地上でも、クレーンが電線に接触し、感電事故や停電が起きることがあります。

それらを防ぐ為には、先述した人的側面での安全対策だけではなく、航行中は、クレーンが上がらないとか、クレーンが電線に接近した時は、警告音を発し、クレーンの動作が自動停止する等のクレーンの本質安全化が必要です。

 幸い?なことに日本は、米国のような訴訟大国ではないので、今回のような事件で、クレーン船を製造したクレーン船製造メーカーが訴えられることはありません。

しかし、訴訟大国である米国流の考え方で今回の事故を解釈すれば、今回の事故は、クレーン船の構造が、航行中にクレーンを上げることが出来るようになっていた為発生したのであり、その様な構造のクレーン船を製造したメーカーが悪い。

だから、クレーン船製造メーカーに対し、損害賠償請求をする。

と言うような屁理屈が通用してしまう可能性があります。

 このような屁理屈が通用するかどうかは別として、事故防止という観点で考えれば、これを機会に、クレーンメーカー等は、本質安全化を配慮した製品作りをすべきではないでしょうか。

 尚、本質安全化ということについては、RSTトレナーが労働安全衛生法に基づく、職長教育の講師をする時、「作業設備の安全化」という科目で教える内容です。

その為、職長(現場監督、班長等)レベルの人を対象にした内容なので、一般の人にはちょっと難しいかもしれませんが、将来、技術系や製造業等で監督者になりたいと思っている人は覚えておくと役立ちます。

【参考文献】

中央労働災害防止協会「職長の安全衛生テキスト」平成17年、中央労働災害防止協会
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