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第2種酸素欠乏危険作業主任者(現:酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者)技能講習受講体験記

 これは、平成13年に私が受講した第2種酸素欠乏危険作業主任者(現:酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者)技能講習の話です。

 私がこの技能講習を受講した当時は、第1種酸素欠乏危険作業主任者(酸素欠乏場所のうち硫化水素中毒にかかるおそれのない場所における作業)と、第2種酸素欠乏危険作業主任者(酸素欠乏場所のうち硫化水素中毒にかかるおそれのある場所における作業)の2種類でしたが、現在は、第1種が酸素欠乏危険作業主任者、第2種が酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者というように名称が変更になっています。

 この2種類の作業主任者技能講習というのは、酸素欠乏場所で作業をする時、労働安全衛生法上選任することが義務付けられている、作業主任者(責任者)を養成する為の講習です。

その為、事業者は酸素欠乏場所の種類に応じた作業主任者を選任しないと、酸素欠乏場所での作業をすることが出来ません。

尚、酸素欠乏というのは、空気中の酸素濃度が18%未満の状態または、空気中の硫化水素濃度が10ppm(1ppm=1/100万)を超える状態のことです。

具体的には、長期間使用されていない井戸、地中ケーブルやガス管等の暗渠やマンホール、雨水や河川の水等が滞留している槽やマンホール、相当期間密閉されていたボイラーやタンク、穀物や飼料等の貯蔵の為に使用しているサイロや船倉、醤油や酒等の発酵する物が入れてあるタンク、し尿や汚水等の腐敗し分解しやすい物質を入れてあるタンクや槽、ドライアイスを使用している冷蔵庫や冷凍庫等です。

また、この技能講習を受ける時は、第2種(酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者)を受講した方が得です。

それは、第1種(酸素欠乏危険作業主任者)では、硫化水素が発生する場所での作業主任者になれませんが、第2種(酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者)を受講すれば、第1種(酸素欠乏危険作業主任者)の場所+硫化水素が発生する場所での作業主任者になることが出来るからです。

 このように、酸素欠乏場所というのは、至る所にあるので、当日は、色々な職業の人が受講しており、電力会社勤務時代の同僚等も何人か受講していました。

因みに、電力会社の社員がこの資格を取得するのは、配電部門の場合は、配電線路の地中化工事等があるからです。

将来、電力会社や電気工事会社、或は、土木関係の会社等に就職したい人は、この資格を持っていると何かと役立つと思います。

 講習は、2日間受講する必要があり、遅刻、早退、欠席は一切認められません。

学科講習が2日目の午後まで行われ、一番最後に、修了試験が行われます。

修了試験は、正しいものや誤ったもの等を選ぶ4択方式で、各科目、4割以上正解し、全科目の合計正解数が6割以上が合格です。

その為、一科目でも、正解が4割に満たない科目があると不合格になります。

尚、試験科目は、①酸素欠乏症、硫化水素中毒及び救急蘇生法に関する知識、②酸素欠乏、硫化水素の発生原因及び防止措置に関する知識、③保護具に関する知識 、④関係法令 です。

この修了試験も他の作業主任者講習の修了試験同様、講義の中で講師が出題される所を教えてくれるので、寝ないで講義を聴いていれば、誰でも修了試験に簡単に合格出来ます。

私も無事、資格を取得することが出来ました。

 ところで、最近は、硫化水素を使用した自殺騒動が頻発していますが、本当に硫化水素は怖いですよ。

こんな自殺騒動には巻き込まれないことが一番ですが、万が一、巻き込まれたらどうしたらいいかというと、変な正義感を出して、自殺者を救助しようとは思わないことです。

残酷なようですが、2次災害を防ぐ為には、とに角、一刻も早くその場から逃げて下さい。

因みに、硫化水素の匂いは、卵の腐った匂いで、一定以上の濃度になると嗅覚が麻痺し匂いを感じなくなり、眼や鼻にも異常(痛み等)が出て来ますが、そのような状態になったら、非常に危険な状態だと思ってください。

それから更に硫化水素の濃度が増すと、肺炎、気管支炎、肺水腫による窒息死、呼吸停止、意識喪失、昏倒、即死等になります。

勿論、救急隊みたいに防毒マスクでもあれば、自殺者を救助しにいくべきですが、そのような装備もないのに、むやみやたらと救助に行けば、自分が死んでしまいます。

では、逃げる時はどうしたらいいかというと、硫化水素は比重が1.19で空気より重いので、床面に滞留している可能性があるので、出来るだけ高い姿勢で逃げて下さい。

特に、子供がいる場合は、肩車等して逃げるのもいいかもしれません。

それから、硫化水素は、水に溶け易い気体で、眼や呼吸器系粘膜等の水分に溶けて吸収されやすいので、格好は悪いですが出来ればスキーのゴーグル等で眼を保護し、ハンカチで鼻や口等を覆い、長袖等を着て皮膚の露出を極力しないようにして逃げれば、多少は、硫化水素の吸収が防げると思います。

 普段は何の役にも立たない資格マニアの知識が、こんな所で役に立つなんて皮肉な話ですね。

以上

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以上

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春の番組改編

 最近は、丁度、春の番組改編の時期みたいで、TV番組の入れ替えが激しいですね。

 そのおかげで、毎週ビデオ録画して欠かさず観ていた、「ガンダム00」と「ケロロ軍曹」が終ってしまったんで、非常に残念です。

それにしても、この2つの番組の終り方を観ていると、余りにも中途半端というか、尻切れトンボみたいで、なんか無理やり終らせたという気がして、釈然としないものを感じてます。

やっぱり、番組の最期は、はっきりと終りだと言うことが納得出来るようにして貰わないと、観ている側としては、納得出来ないなあ~。

 さて、新番組と言えば、色々と面白いのがありますね。

私のお気に入りは、「絶対彼氏」、「無理な恋愛」、「ホカベン」、「7人の女弁護士」、「ごくせん」、「太王四神記」、「猟奇的な彼女」で、これらについては毎週欠かさず観るつもりです。

 ところで、先週の「ホカベン」は、観ていて、興味深いキイワードが色々ありました。

それは新人弁護士(上戸彩)と、法律の無力さや限界を知りそれに絶望している先輩弁護士(北村一輝)のやりとりです。

 そんなキーワードの中の一つが、新人弁護士の「法律=正義」という考え方と、先輩弁護士の「法律=正義ではない」という考え方の違いです。

私は、この先輩弁護士の考え方に共感を覚えます。

刑法や刑訴法の勉強をやると、これらの法律が、犯罪被害者等の権利を守る為ではなく、犯罪者の権利を守る為に存在しているということをヒシヒシと感じます。

 責任主義(責任無ければ刑罰無し)って何ですか?責任能力が無ければ(善悪の判断がつかなければ)人を殺しても罪にはならない(刑法39条)って、ふざけるなって言いたいです。

犯罪被害者等の側からしたら、犯罪者に責任能力が有ろうと無かろうと、大事な人を殺されたという結果には違いがないんですから、私は、責任能力の有無に関係なく、罪は罪として処断すべきだと思います。←本来、法律の勉強をしっかりやった人だったら、絶対にこんなことは言わないので、私は、よく勉強不足だと言われます(苦笑)。

 また、責任主義との関連では、責任能力が無くて刑罰を科すことが出来ない場合に、刑罰の代わりに、強制的に治療を受けさせる(刑事治療処分)という考え方もありますが、本当に治療効果ってあるんですかね~?

通常、性犯罪者や猟奇的な殺人犯等の場合は、再犯率が高く、余り治療効果が期待出来ないので、私は、この刑事治療処分と言う考え方にも反対です。

 それと、最近は、法律の世界では、修復的司法(犯罪者と犯罪被害者等を和解させ、犯罪者を社会に再び戻す)という考え方も、結構流行っているみたいですが、この考え方にも限界(当事者同士が和解を望まなければ意味が無い等)があり、和解を勧める過程で、犯罪被害者等に和解という価値観の押し付けが行われる可能性があり、そうなった場合は、犯罪被害者等が犯罪によって負ったトラウマの回復にも支障を来たす可能性もあるので、この考え方も私は反対です。

 確かに犯罪者といえども人間である以上は、その人権を守ることは大事なことだとは思いますが、犯罪被害者等の権利よりも、犯罪者の権利を守ることの方が重要視されているなんて、おかしいと思いませんか?

犯罪者の人権って、犯罪被害者等の人権よりも価値があるものなんでしょうか?

私には、この点がどうしても理解出来ません。

 しかし、刑法や刑訴法を勉強するということは、犯罪者の権利を守ることの重要性や、いかにして犯罪者の権利を守るかということを、嫌でも延々と勉強しなければならないんです。

その為、私は、刑法や刑訴法の勉強をするにつれて、段々と法律に対する虚しさを感じ、法律=正義ではないということを嫌でも実感させられました。

 では、正義とはいったい何なんでしょうか?

これは、法哲学的に言うと、正義論と言われる範疇の問題になるのですが、はっきり言って、私には、よく分かりません。

しかし、私は、一方的に犯罪者の権利ばかりを重視し、犯罪被害者等の権利等に対する配慮がなされていない刑事司法制度は正義ではないと思っています。

その為、刑罰理論の勉強をしていても、テキストには、通説や有力説とされている既存の刑罰理論しか載っていないので、中々、私に会った刑罰理論を見つけることが出来なくて、悶々とした日々を送っていました。

 そうした中、卒論を執筆していく過程で、そんな私にぴったりな刑罰理論を見つけることが出来ました。

それが、ロウチ教授(カナダのトロント大学)の提示している懲罰的被害者権利モデル(Punitive Model of Victim's Right)です(※1)。

これは、簡単に言うと、犯罪被害者等の権利保護を最優先した上で刑罰を科すという考え方です。

この考え方は、厳罰化に繋がるといった点では批判もあるんですが、私は、厳罰化が必ずしも悪いことだとは思いません。

確かに、「鉛筆1本盗んだだけで死刑になる」と言うような、罪刑均衡の原則(罪と刑罰は均衡していなければならない)に明らかに反するような厳罰化には賛成出来ません。

でも、H16年に強姦罪の下限が引き上げられた(2年以上の懲役→3年以上の懲役)時のように、犯罪に対する人々の意識が変化し、特定の犯罪に対して、より重大な犯罪であると捉えられるようになった結果、厳罰化したのだとしたら、それは、罪刑均衡の原則上も問題は無いと私は思っています(※2)。

 因みに、新人弁護士の「法律=正義」という考え方は、正義論においては、法実証主義(※3)という立場に基づけば、正しい考え方であると言えますが、法実証主義を支持してしまうと「悪法もまた法なり」ということになり、例え悪法であっても正義であるとして認めざるを得なくなってしまいます。

もっとも、これはドラマの話なので、そこまで考えていなくて、ただ単に、ドラマの設定上、新人弁護士が、視聴者受けするように、安っぽい正義感を振りかざして「法律=正義」だと、言っているだけだとは思いますが・・・・(笑)。

等という相変わらずくだらないことばかり考えています。

 こんな風に感情論に、どっぷりと浸かった考え方しか出来ないんで、未だに、リーガルマインド(論理的な思考)が出来ません。

感情論だと言うことが分ってはいても、私は、自分の感情に反することは、絶対に納得出来ない性格なので、こればかりは仕方がありません。

今更ながら、つくづく、私は、法律の世界には、向いていないタイプだなあと思います(苦笑)。

やっぱり、電気の世界が私には、一番合っているのかもしれませんね。

というわけで、ぼちぼち、電気の世界に戻ることにしま~す。

以上

【参考文献】

※1:椎橋隆幸「犯罪被害者救済の基本的視座」『現代刑事法No10』(2000年、現代法律出版)P8、9、黒澤睦「ケント・ロウチ「犯罪対応過程に関する4つのモデル」」『法律時報第74巻第7号』(2002年、日本評論社)P92~96参照。

※2:斎藤豊治「ジェンダーと刑罰論」『法律時報第78巻第3号』(2006年、日本評論社)P51、52参照。

※3:田中成明『法理学講義』(1994年、有斐閣)P282~289参照。

以上

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以上

六法の選び方

 私が初めて「六法」を購入したのは、今から19年前です。

当時私は19歳で、電力会社勤務の、自称:純真な青少年でした。

ところが、それがどこで、どう道を誤ったのかは分りませんが、世俗にまみれ、いつのまにか、今みたいな自堕落な生活を送る不良中年になってしまいました(苦笑)。

 と、これは置いといて、本題に戻りますが、私は、昔から読書が好きで、相当重度の活字中毒患者なので、小学生の頃から、活字が沢山ある分厚い本を読むことが好きでした。

そんな状態だったので、中学生時代には、一般の小説等では、物足りなさを感じ、到底読む気にはなれず、専ら、スタインベック「怒りの葡萄」や、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」等といった純文学関係の本ばかりを読み漁っていました。

そんな私にとって、『六法全書』は、活字の量や分厚さといった点では、正に理想の存在であり、憧れの的でした。

しかし、『六法全書』は高いので、子供の小遣いでは、中々、手が出せなくて、いつも涙をのんでいましたorz。

その後、高校に入学してからは、資格マニアに目覚めてしまった為、興味の対象が資格に移り、いつのまにか『六法全書』に対する愛情が冷めてしまいました。

実は、私は、飽きっぽくて、浮気症なんです(苦笑)。

 ところが、社会人になって、書店で、『六法全書』を見た時、「ビビッ」と来るものがあり、それに運命的な出会いを感じて、思わず衝動買いしてしまいました。

まあ、要するに、焼けぼっくいに火がついて、「大人買い」してしまったと言うことです。

その時、買ったのは、有斐閣『六法全書平成元年版』6,000円(本体)です。

しかも、先述したように、私は浮気症なので、1冊だけでは、満足できなくて、その後も、有斐閣『小六法平成7年版』3,010円(本体)、有斐閣『ポケット六法平成15年版』1,500円(本体)と、次々と買い足して行き、結局、現在「六法」は、3冊持っています。

 さて、私の今後の動向ですが、実は現在、新たな『ポケット六法』、最新版を購入しようと密かに画策しています。

やっぱり、何かと新しい方がいいので・・・。

 因みに、私は、読書は好きですが、勉強は大嫌いなので、遊びとして「六法」と付き合うことは好きですが、勉強として「六法」と付き合うことは苦痛以外の何者でもありません。

私みたいに、遊び半分で「六法」と付き合っていると、いつか「六法」から、「私との関係は、遊びだったのね」と、別れ話を切り出されるかもしれませんね(笑)。

そうならないように、皆さんは、「六法」と真面目に付き合って下さい。

 というわけで、ここからは、「六法」と真面目に付き合う為に知っておくと、役立つと思われることを記載しておきます。

 第1に、「六法」の出版社の選び方ですが、私は、特に理由はありませんが、何となく有斐閣が好きなので、「六法」は全て、有斐閣で揃えています。

多分、科目試験時に持込可(『塾生ガイド2007』P110、111参照)になっている「六法」の内容は、どこの出版社も大差ないと思うので、実際に書店に行って、中身や値段を参考にして、自分が気に入った物を選べばいいと思います。

 第2に、「六法」のサイズの選び方ですが、有斐閣の場合、『六法全書』、『小六法』、『ポケット六法』があり、私は3種類持っていますが、基本的には、『ポケット六法』だけで十分です。

『小六法』や『六法全書』は滅多に使用しません。

唯一、使用するのは、レポート作成時やテキスト等を読んでいて、「六法」以外のマイナーな法律の条文が出てきた時、その内容を確認する時位です。

 第3に、「六法」の買い替え時期の目安ですが、理想は、毎年した方がいいと思います。

しかし、経済的な理由もあると思うので、基本的には、大幅な法律変更があった時だけで十分です。

その時、買い換えるのは、有斐閣だったら『ポケット六法』だけでOKです。

『六法全書』や『小六法』は高いし、滅多に使用しないので、一度買ったら10年位は、買い換えなくてもOKです。

因みに、私は、専門科目の単位取得が去年(H19年)終ったのですが、今だに私は、先述した古い「六法」を使用しています。

これだけ古い「六法」を使用していても、単位取得をし、ちゃんと卒業出来ました。

例え、古い「六法」を使用していても、法改正については、インターネットで検索すれば、その内容に十分対応することが出来ます。

但し、最近は、民事や刑事系の法律の改正が結構頻繁に行われているので、初めて「六法」を買うのなら、最新版を買った方がいいと思います。

 第4に、「六法」の種類ですが、大別すると、①条文のみの物、②条文の解釈付の物(文章だけではなく、図や漫画を使用している物もある)、③判例付の物、④条文の解釈+判例付の物、という4種類があります。

科目試験時に持込可の「六法」は、①のタイプです。

②~④のタイプは、初心者用で、テキストの説明と①のタイプの「六法」だけでは、理解出来ない時に使用すれば役立ちます。

 最後に、「六法」と付き合い始めたばかりの頃は、「高嶺の花」のような感じがして、近寄りがたい印象を受けるかもしれませんが、途中で諦めずに、じっくりと付き合っていけば、いつか必ず、微笑を見せてくれます。

そこの段階まで、付き合いを深めることが出来ればしめたもので、法律の条文に対する抵抗感がなくなり、条文の意味を一般常識の範囲に置き換えてイメージすることも可能になります。

「六法」は、一言で言えば、「ツンデレ系」なのかもしれませんよ(笑)。

※本稿は、静岡慶友会会報『富士2008年3月号』に投稿したものを、一部加筆修正したものです。

以上

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今後は益々卒業するのが難しくなる?

 これは、単なる私の推測ですが、私が入学した頃(1992年10月)を基準にして考えると、年々、慶應通信を卒業するのが難しくなっている気がします。

そして、今後は、益々、その傾向が強まる可能性があります。

 そう思う理由は、

 第1に、入学時の審査基準が厳しくなり、新入生のレベルが上がっていることです。

私が入学した頃は、最近とは違い、ほぼ全入に近い状態でしたが、最近は、その頃とは比べ物にならない位厳しくなったみたいで、不合格になる人もかなりいるみたいです。

また、最近の新入生の特徴としては、私が入学した頃は、普通課程や特別課程の人がかなりいたのですが、最近は、普通課程や特別課程の人が減少し、学士入学者が非常に増えて来た気がします。

更に、最近の新入生は、私が入学した頃の新入生に較べると、明確な目的意識を持った優秀な人が多い気もします。

新入生のレベルが上がると言うことは、当然、在学生に対する評価も厳しくなる可能性があります。

 第2に、在籍期限の短縮化です。

私が入学した頃は、通常の在籍期限は12年(休学期間は除く)+再登録6年(審査有り)+再々登録1年(審査有り)で、最高19年在籍出来ました。

しかし、それが年々減少し、現在(2007年度)は通常の在籍期限は12年(休学期間は除く)+再登録3年(審査有り)+再々登録1年(審査有り)で、最高16年に短縮されています。

この傾向が続けば、将来的に在籍期限は、通常の在籍期限である12年(休学期間は除く)にまで、短縮される可能性があります。

 第3に、科目試験実施回数の減少です。

私が入学した頃の科目試験は、年5回実施されていました。

しかし、それが現在では、年4回に減少しています。

確かに、科目試験回数が多いと、その準備で学生の負担が増えるという大学側の考えにも一理ありますが、最終的に科目試験を受験するかどうかは、学生の自由意思に委ねられており、負担が増えると思えば、学生側が自分で判断して、科目試験を受ける時期を決めると思うので、大学側にそこまで心配して貰う必要は無いと思います。

それどころか寧ろ、学生側からすれば、科目試験回数が減少すると言うことは、科目試験を受ける機会が限られることになり、日程的な調整も難しくなる可能性があるので、有り難迷惑な気もします。

 第4に、卒業予定申告に必要な単位数の増加です。

卒業予定申告に必要な単位数は、2004年以前は、、①総合教育科目の3分野科目合計が28単位以上、②必修外国語8単位以上(スクーリング単位2単位を含む)で、③尚且つ、総合教育科目の合計が38単位以上、そして、④専門教育科目35単位以上でした。

しかし、2005年以後は、①総合教育科目の卒業所要単位48単位以上、②専門教育科目35単位以上(必修単位10単位を含める)に増加しています。

私みたいに、卒業所要単位を全て取り終えてから、卒論執筆をする人にとっては、卒業予定申告に必要な単位数が増加しても、特に問題はありませんが、単位取得と並行して卒論執筆をする人にとって、卒業予定申告に必要な単位数が増加するということは、2004年以前に比べると、卒業予定申告受付け期限までに、取得しなければいけない単位数が増加することに繋がるので、負担になる可能性があります。

 このように、慶應通信の在り方は、刻々と変化しています。

これらは、ほんの一例ですが、これから慶應通信で学んで行く人は、制度変更等で、今まで以上に卒業するのが困難になる可能性があるので、卒業する為には、相当な苦労をする覚悟をしておいた方がいいのかもしれません。

以上

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以上


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