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坂本龍馬と文武両道

2010/03/14 13:05:56 | その他 | コメント:0件

 「龍馬伝」(大河ドラマ)の影響もあり、ちょっと前から、坂本龍馬が、ブームになっています。

そこで、今回は、坂本龍馬が、偉業を成し遂げることが出来た一因について、考えてみることにします。

 「龍馬伝」を観ている人は、坂本龍馬が、剣術の達人であったということは、既に、ご存知のことだと思いますが、私は、坂本龍馬が、偉大な業績を成し遂げることが出来た一因としては、文武両道であったということが、大きく影響しているような気がします。

歴史上、文武両道の偉人としては、坂本龍馬以外にも、福沢諭吉、嘉納治五郎等が、居ますが、何故、文武両道だと、偉業を成し遂げることが出来るのでしょうか?

私が思うには、剣術に限らず、武術や武道の達人と言われた人の考え方には、共通して、深遠な哲学性があり、その哲学性こそが、「文」である知識を具現化する上で、大きな原動力になったからではないでしょうか。

因みに、武術と武道の違いは何かという指摘があるかもしれないので、些かの私見を述べておくと、私は、武術と武道の違いは、戦闘術と哲学性のどちらを重視するかというバランスの違い(武術は戦闘術>哲学性であり、武道は戦闘術<哲学性ということ)であり、時代に合わせ、武術が武道に変化しただけなので、本質的には、同質なものだと考えています。

 では、この哲学性というのは、一体、何なのでしょうか?

武道の元である武術は、元来、人を殺す為の戦闘術です。

しかし、それ故に、否が応でも、常に、生死の問題や善悪の問題を意識させられます。

そうした内省(自問自答)を繰返して行く中で、達人と言われる人達は、自分なりの価値観を確立し、答えを見つけたのではないでしょうか。

尚、この内省という行為は、哲学者等が、答えを見つける為にする行為と同じです。

その結果、導き出される答えが、自他共栄(嘉納治五郎)、精力善用(嘉納治五郎)、一身独立一国独立(福沢諭吉)、独立自尊(福沢諭吉)等です。

そして、これらの答えに共通している点は何かというと、私益よりも公益を重視するという考え方です。

坂本龍馬が、見つけた答えが何だったのかは、私には、分りません。

しかし、坂本龍馬の行動から推論すると、多分、坂本龍馬が、見つけた答えの根底には、私益よりも公益を重視するという考え方があった気がします。

 最後に、私個人的には、中庸(偏らない)ということが理想的な在り方だと思っているので、その観点からも、文武両道が望ましいと思っています。

しかし、武術や武道というのは、人から強制させられてやっても意味が無く、自分が、本心からやりたいと思ってやるのが一番です。

武術や武道に、何を求めるかは、人其々ですが、強さ等の私益のみの追求や、「武」だけで「文」が疎かになっている場合は、戦闘マシーン(朝青龍等)に成ることは出来ても、偉人になることは、決して、出来ません。

以上

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