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秋の番組改編

2008/09/28 10:53:55 | その他 | コメント:0件

 今年も、また、TVの秋の番組改編の時期がやって来ました。

その為、最近は、最終回になってしまった番組が結構有ります。

つまらない番組だったら、最終回になってもいいのですが、お気に入りの番組が最終回になってしまうのは、いつもながらのことですが、非常に名残惜しい気がします。

私がお気に入りの番組の中でも、最終回になってしまった番組が色々とありますが、その中でも、特に、「マクロスF」、「ハヤテのごとく」、「太王四神記」の3種類については、毎週欠かさず見ていただけに、格別の思いがあります。

果たして、これらの番組の後釜にどんな番組が来るのか、というのが、目下の所、私にとっては、非常に重大な問題です。

 「マクロスF」の後釜としては、「黒執事」というのが来るみたいで、予告編を見た限りは、私好みの番組なので、この番組については、非常に期待をしています。

 問題は、残り2つの後釜です。

 取り合えず、「ハヤテのごとく」の後釜としては、来週は、「あたしんち」が放送されるようですが、いつものパターンだと、「あたしんち」は一時継ぎの可能性があります。

「あたしんち」も、私好みの番組なので、これが、そのまま、レギュラー化してもいいのですが、ここはやはり、新しい番組に来て欲しい気もします。

 そして、「太王四神記」の後釜ですが、「チャングムの誓い」、「チェオクの剣」と来た流れから判断すると、今度も、韓国の時代劇、韓流が来る気がしますが、是非、そうして欲しいです。

私は、「チャングムの誓い」を観るまでは、韓流には、全く興味が無かったのですが、「チャングムの誓い」を観てからは、どっぷりと韓流にはまってしまいました。

尤も、私が、はまっている韓流は、時代劇みたいなものだけなので、「冬ソナ」みたいな現代物には、全く興味がありません。

日本の時代劇も好きですが、さすがに、水戸黄門に代表されるように、何十年も、同じパターンの時代劇を観続けていると、いい加減飽きて来ます。

それに比べて、韓国の時代劇は、新鮮な感じがして、非常に面白いです。

 ところで、これは、最終回を観て初めて知ったのですが、「太王四神記」って、広開土王の話だったんですね。

広開土王という名前は、随分昔に、歴史の教科書でチラッと見た気はするのですが、当時は、全く興味がありませんでした。

しかし、こうしてTVで観てみると、かなり脚色されている部分はあるとしても、随分、魅力的な人物だったみたいなので、当時、「太王四神記」が放送されていたら、歴史の勉強に、興味を持つことが出来たかもしれません。

 ついでに、ここでちょっと、歴史の話をしておくと、昔の日本は「倭(わ)」と言われていましたが、「倭」という漢字の意味は、諸説ありますが、「人の皮を被った獣」という意味もあります。

要するに、当時の日本人は、中国等の大陸の人達からすれば、人間ではなくて、類人猿みたいな存在だったということです。

その根本にあるのが、「中華思想」や「華夷思想」という考え方で、これは、中国こそが唯一の文明の中心であり、その他は、未開の地であると言う考え方であり、後者は、中国人以外は、野蛮人という考え方です。

当時の日本は、中国の冊封体制に組み込まれており、中国の朝廷に対して貢物をしていました。

換言すれば、中国の植民地みたいな物でした。

それを示しているのが、金印(漢委奴国王)等です。

この金印というのは、中国の朝廷が、国王を任命したと言うことを意味しています。

 歴史の解釈方法には、色々な解釈方法があり、最終的にどの立場を取るかは個人の自由です。

ただ問題は、歴史を学ぶ時に、一方的な価値観だけを学び、異なった価値観があることを学ばないことです。

例えば、「十字軍の遠征」というのが、西洋史では出て来ますが、通常これは、キリスト教徒が異教徒(イスラム教徒)に奪われた聖地を取り戻す為の正義の戦いで、十字軍側が正義でイスラム教徒側が悪と言うように習います。

しかし、これは、キリスト教徒側の解釈であって、イスラム教徒側からすれば、全く逆の解釈が出来ます。

当時の、イスラム教徒側の記録によれば、十字軍はかなり残虐で虐殺の限りを尽くしたみたいです(余りにも残虐な行為なので具体的な行為内容については省略します)。

イスラム教徒側の解釈に拠れば、これは、イスラム教徒の聖地をキリスト教徒が奪う為の戦い、要するに、イスラム教徒側が正義で十字軍側が悪ということになります。

このように、同一の歴史的事実であっても、立場が違えば、解釈が異なって来ます。

 更に、この歴史観の違いは、作家にも言えます、英雄史観(司馬遼太郎等)と自虐史観(松本清張等)です。

私は、両者の作品を読みますが、どちらかと言うと司馬遼太郎の方が好きです。

 取り留めの無い内容になってしまいましたが、何が正しく、何が誤りなのか、その判断は、本当に難しいです。

以上

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