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春の番組改編

2008/04/21 13:47:55 | デタラメ法律放談 | コメント:0件

 最近は、丁度、春の番組改編の時期みたいで、TV番組の入れ替えが激しいですね。

 そのおかげで、毎週ビデオ録画して欠かさず観ていた、「ガンダム00」と「ケロロ軍曹」が終ってしまったんで、非常に残念です。

それにしても、この2つの番組の終り方を観ていると、余りにも中途半端というか、尻切れトンボみたいで、なんか無理やり終らせたという気がして、釈然としないものを感じてます。

やっぱり、番組の最期は、はっきりと終りだと言うことが納得出来るようにして貰わないと、観ている側としては、納得出来ないなあ~。

 さて、新番組と言えば、色々と面白いのがありますね。

私のお気に入りは、「絶対彼氏」、「無理な恋愛」、「ホカベン」、「7人の女弁護士」、「ごくせん」、「太王四神記」、「猟奇的な彼女」で、これらについては毎週欠かさず観るつもりです。

 ところで、先週の「ホカベン」は、観ていて、興味深いキイワードが色々ありました。

それは新人弁護士(上戸彩)と、法律の無力さや限界を知りそれに絶望している先輩弁護士(北村一輝)のやりとりです。

 そんなキーワードの中の一つが、新人弁護士の「法律=正義」という考え方と、先輩弁護士の「法律=正義ではない」という考え方の違いです。

私は、この先輩弁護士の考え方に共感を覚えます。

刑法や刑訴法の勉強をやると、これらの法律が、犯罪被害者等の権利を守る為ではなく、犯罪者の権利を守る為に存在しているということをヒシヒシと感じます。

 責任主義(責任無ければ刑罰無し)って何ですか?責任能力が無ければ(善悪の判断がつかなければ)人を殺しても罪にはならない(刑法39条)って、ふざけるなって言いたいです。

犯罪被害者等の側からしたら、犯罪者に責任能力が有ろうと無かろうと、大事な人を殺されたという結果には違いがないんですから、私は、責任能力の有無に関係なく、罪は罪として処断すべきだと思います。←本来、法律の勉強をしっかりやった人だったら、絶対にこんなことは言わないので、私は、よく勉強不足だと言われます(苦笑)。

 また、責任主義との関連では、責任能力が無くて刑罰を科すことが出来ない場合に、刑罰の代わりに、強制的に治療を受けさせる(刑事治療処分)という考え方もありますが、本当に治療効果ってあるんですかね~?

通常、性犯罪者や猟奇的な殺人犯等の場合は、再犯率が高く、余り治療効果が期待出来ないので、私は、この刑事治療処分と言う考え方にも反対です。

 それと、最近は、法律の世界では、修復的司法(犯罪者と犯罪被害者等を和解させ、犯罪者を社会に再び戻す)という考え方も、結構流行っているみたいですが、この考え方にも限界(当事者同士が和解を望まなければ意味が無い等)があり、和解を勧める過程で、犯罪被害者等に和解という価値観の押し付けが行われる可能性があり、そうなった場合は、犯罪被害者等が犯罪によって負ったトラウマの回復にも支障を来たす可能性もあるので、この考え方も私は反対です。

 確かに犯罪者といえども人間である以上は、その人権を守ることは大事なことだとは思いますが、犯罪被害者等の権利よりも、犯罪者の権利を守ることの方が重要視されているなんて、おかしいと思いませんか?

犯罪者の人権って、犯罪被害者等の人権よりも価値があるものなんでしょうか?

私には、この点がどうしても理解出来ません。

 しかし、刑法や刑訴法を勉強するということは、犯罪者の権利を守ることの重要性や、いかにして犯罪者の権利を守るかということを、嫌でも延々と勉強しなければならないんです。

その為、私は、刑法や刑訴法の勉強をするにつれて、段々と法律に対する虚しさを感じ、法律=正義ではないということを嫌でも実感させられました。

 では、正義とはいったい何なんでしょうか?

これは、法哲学的に言うと、正義論と言われる範疇の問題になるのですが、はっきり言って、私には、よく分かりません。

しかし、私は、一方的に犯罪者の権利ばかりを重視し、犯罪被害者等の権利等に対する配慮がなされていない刑事司法制度は正義ではないと思っています。

その為、刑罰理論の勉強をしていても、テキストには、通説や有力説とされている既存の刑罰理論しか載っていないので、中々、私に会った刑罰理論を見つけることが出来なくて、悶々とした日々を送っていました。

 そうした中、卒論を執筆していく過程で、そんな私にぴったりな刑罰理論を見つけることが出来ました。

それが、ロウチ教授(カナダのトロント大学)の提示している懲罰的被害者権利モデル(Punitive Model of Victim's Right)です(※1)。

これは、簡単に言うと、犯罪被害者等の権利保護を最優先した上で刑罰を科すという考え方です。

この考え方は、厳罰化に繋がるといった点では批判もあるんですが、私は、厳罰化が必ずしも悪いことだとは思いません。

確かに、「鉛筆1本盗んだだけで死刑になる」と言うような、罪刑均衡の原則(罪と刑罰は均衡していなければならない)に明らかに反するような厳罰化には賛成出来ません。

でも、H16年に強姦罪の下限が引き上げられた(2年以上の懲役→3年以上の懲役)時のように、犯罪に対する人々の意識が変化し、特定の犯罪に対して、より重大な犯罪であると捉えられるようになった結果、厳罰化したのだとしたら、それは、罪刑均衡の原則上も問題は無いと私は思っています(※2)。

 因みに、新人弁護士の「法律=正義」という考え方は、正義論においては、法実証主義(※3)という立場に基づけば、正しい考え方であると言えますが、法実証主義を支持してしまうと「悪法もまた法なり」ということになり、例え悪法であっても正義であるとして認めざるを得なくなってしまいます。

もっとも、これはドラマの話なので、そこまで考えていなくて、ただ単に、ドラマの設定上、新人弁護士が、視聴者受けするように、安っぽい正義感を振りかざして「法律=正義」だと、言っているだけだとは思いますが・・・・(笑)。

等という相変わらずくだらないことばかり考えています。

 こんな風に感情論に、どっぷりと浸かった考え方しか出来ないんで、未だに、リーガルマインド(論理的な思考)が出来ません。

感情論だと言うことが分ってはいても、私は、自分の感情に反することは、絶対に納得出来ない性格なので、こればかりは仕方がありません。

今更ながら、つくづく、私は、法律の世界には、向いていないタイプだなあと思います(苦笑)。

やっぱり、電気の世界が私には、一番合っているのかもしれませんね。

というわけで、ぼちぼち、電気の世界に戻ることにしま~す。

以上

【参考文献】

※1:椎橋隆幸「犯罪被害者救済の基本的視座」『現代刑事法No10』(2000年、現代法律出版)P8、9、黒澤睦「ケント・ロウチ「犯罪対応過程に関する4つのモデル」」『法律時報第74巻第7号』(2002年、日本評論社)P92~96参照。

※2:斎藤豊治「ジェンダーと刑罰論」『法律時報第78巻第3号』(2006年、日本評論社)P51、52参照。

※3:田中成明『法理学講義』(1994年、有斐閣)P282~289参照。

以上

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