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自分の言論に責任を持つ!!

2006/08/27 11:59:33 | その他 | コメント:0件

 日本は、民主主義国家であり、憲法上、言論の自由が保証されています。

その為、誰でも、自由に自分が思ったことを主張し、表現することが出来ます。
 
 しかし、その一方、匿名性が高いネット上においては、無責任な発言や誹謗中傷等が横行しています。

そして、その様な発言をする人達が決まって、言うことが、「言論の自由だから他人から、とやかく言われる筋合いは無い」ということですが、これは、昨今の小学生等が、ちょっと、教師等に注意されると直に、「基本的人権の侵害だ」等という屁理屈を並べるのと同じことであり、はっきり言って、幼稚極まりない考え方です。

 匿名性をいいことにして、言論の自由という権利を濫用することは、決して許されることではありません。

権利には、必ず義務が伴います。

その義務というのは何かというと、自分の言論に責任を持つということです。
 
 この義務について、福沢諭吉は、新聞編集者の心得として次のように述べていますが、これは、新聞編集者に限らず、言論を主張し表現するあらゆる人に共通することです。

『執筆者は勇を鼓して自由自在に書くべし、但し、他人のことを論じ他人の身を評するには、自分とその人と両々相対して直接に語られるようなことに限りて、それ以外に逸すべからず、いかなる激論いかなる大言壮語も苦しからねど、新聞紙にこれをしるすのみにて、さてその相手の人に面会したとき自分の良心に恥じて率直に述べることのかなわぬことを書いていながら、遠方から知らぬ風をしてあたかも逃げて回るような者は、、これを名づけて陰弁慶の筆という、その陰弁慶こそ無責任の空論となり、罵詈讒謗の毒筆となる、君子の恥ずべきところなり』(福沢諭吉著、富田正文校注解説「福翁自伝」慶應通信、平成4年、P288引用)

 このことを要約すれば、他人のことについて何か論じたり、批評する時は、その人と対面しても、面と向かって堂々と主張出来ることのみ書くべきであり、陰口のような、本人に直接言えないようなことは書くな、ということです。

 正直言って、自分の言論に責任を持つということは、中々大変なことですが、私自身、陰弁慶の筆にならないように、常に心がけたいと思います。
                                        以上

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