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講演会行って来ました

2015/02/01 11:28:07 | 慶應通信法学部甲類体験記(塾員) | コメント:0件

 昨日、「ニッポン映画の社会言語学―英語字幕/吹替から見えること―」井上逸平慶應義塾大学文学部教授による静岡慶友会主催の講演会に行って来ました。

午後半日と言う、極短い時間でしたが、とても面白くて有意義な時間を過ごすことが出来ました。

 この講演会を通じ、素人考えながら、ある一つの仮説を思い付きました。

それは、アングロサクソン(英語圏の白人)が武士道に興味を持ったり共感を覚えるのは、武士道には、【(英)独立(independence)】{配布資料「日本と英語圏のコミュニケーションの基本原理(のひとつ)」(※以下単に「文献1」とのみ表記)より抜粋}という価値観に相通じるものが有るからではないかということです。

例えば、「葉隠れ」には、武士が諫言をする時、理想的な諫言方法は、直接的、或いは、間接的に相手に対してアドバイスをすることではなく、アドバイスというよりは、自分の事に置き換えコメント的にするのが望ましいというニュアンスのことが書かれています。

これだけでは多分、分かり難いと思うので、このことを配布資料「アドバイス行動日米比較」を引用して補足説明すると下記の様なことです。

【(1)直接はっきりアドバイスする You should not work so hard. Its very late. (2)ワンクッションおいて間接的に Why do you work so hard? Its very late. (3)アドバイスせずにコメントだけ I can never get much done so late at night.】

 尚、ここで、いきなり論理が飛躍しますが、「葉隠れ」には、【独立(independence)】という価値観に相通じるものが有るということが立証出来れば、「葉隠れ」が成立する以前の武士には、【(日)「移感」(empathy、共感)】(前掲文献1より抜粋)という価値観ではなく、【独立(independence)】という価値観が有ったとも言えます。

ということは、日本人のコミュニケーションの基本原理の一つが、葉隠れ成立時期近辺に【独立(independence)】から【「移感」(empathy、共感)】に変貌した可能性も否定出来ません。

 因みに、葉隠れは、内容の過激さから江戸時代には禁書とされていました。

しかし、若しかしたら、葉隠れが禁書とされたのは、内容の過激さだけではなく、葉隠れの内容が鎖国政策を取っていた幕府の価値観とは相容れないもの、要するに、幕府が一番否定したかったアングロサクソンの価値観に相通じるものだったからなのかもしれません。

 以上が、今回の講演会を通じて、私が思ったことです。

くどいようですが、この記事内容は、単なる私の戯言です。

その為、余り真剣に、この記事内容について考察しないで下さい。

以上

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